自分自身を理解してあげる、ことについて

 

「 ご自分自身を、よりよく理解してあげることが
 できるといいですね 」

「 ご自分が、自分自身を
 よりよく理解してあげられるようになることで、
 どうしたらいいかということも、
 おのずから、分かってくるのではないでしょうか 」

そのようなことを申し上げることが、
面談の中であります。


もしかすると、すぐには、その意味を
お分かりにはならないかも知れませんが、
二回 ・ 三回とご一緒に整理をしていく中で、
きっと見えてくるものが、あるのではないでしょうか。


自分自身をよりよく理解してあげる、というのは
たとえば

「 この自分 」はどのような人柄で、
どのような気質を持っていて、
どんな持ち味を持っている人か、ということを
自分が理解してあげる、ということを
意味しています。

そうした、ごく当たり前の自然なことであって、
けっして「 分析する 」などというような、
ややこしい事ではありません。


たとえば、それはこんな波及効果をもたらすことも
多いように思います。

自分自身を
よりよく理解してあげられるようになることで、
他者( 相手 )への目線も深まり、
他者(相手)への視野が広がることで
自身の行動にも小さな変化が生まれてくる ・ ・ ・
ということも起きてきます。

良循環、と云えるかもしれません。


それはなにも、自分自身に対してだけ
大事なことではありません。

カウンセリングには、たとえば
お子さんのこと、パートナーとの関係、などで
いらっしゃるケースもあります。

そうした時にも、
「 その人( 子 )が、どんな人柄や気質で、
 どんな持ち味をもつヒトなのか 」ということを

改めてご一緒に整理し、理解してゆく
ということが
とても大切になってきます。

本当は、そこから出発するのでなければ、
一歩も進まないはずです。


なぜなら、たとえ同じ行動や言動、
あるいは同じ身体の症状であったとしても、
人柄や気質が違えば、その意味が違ってくるからです。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

実は、わたしも
カウンセリングをやり始めた最初から
このようなことに考えが及んでいたわけでは
ありませんでした。

なにも分かっていなかったのですね。
( もちろん、いまも分かってはいませんが )

まして、カウンセリングの教科書のようなものにも
このようなことは書いてありません。

カウンセリングの教科書のような物の多くは、
真の臨床家が書いているものではありません。


わたしが、いまのような考えや理解に至ったのは、
たくさんのご相談者の方たちと
面談や臨床の経験を重ねてくるなかで、
少しずつ見えてきた、少しずつ分かってきた、
ものなのです。

そういう意味では、
たくさんのご相談者の方たちに教えてもらったもの、
という云い方も、できそうです。

こうしたことを
少しも理解せずに行なっていた頃のカウンセリングを
振り返ってみると、それは
海図を持たずに海をさまよっていたようなものだった、と
いまにして思います。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

ただ、このような書き方をしてしまうと、
カウンセリングをご存じない方に
間違ったイメージを、与えてしまうかもしれません。


カウンセリングというものが、あたかも
気持ちを整理するためのカウンセリング。
心の余裕をつくって
心身の緊張をといてゆくためのカウンセリング。
自分を理解してゆくためのカウンセリング。

というように、
やり方や方法が別々にあるのではないか、と。

そして
「 今回は気持ちを整理するためのカウンセリングを
 していきましよう 」とか。
「 これからは自分を理解してあげるための
 カウンセリングをしましょう 」

みたいにしているのではないか、と。

しかし、けっしてそうではありません。

これらは、カウンセリングの中に
ひとつに溶けあって流れているものです。

別々のものではありません。


ある女性のご相談者が
半年ぐらいお会いしてきた中で、
こんなことをおっしゃったことがありました。

 ・ ・ ・ あらためて、森のこかげのサイトをいろいろ読んでいると、カウンセリングという、ひと言では「 こういうものだ 」とは云えないものを、表現や云い方をいろいろ変えながら、語っているんだなと分かってきた ・ ・ ・

そんなふうに受けとっていただけたことが
とても嬉しかった記憶があります。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

ところで、ときどきご相談されるかたから
このような質問を受けることがあります。

自分を理解してあげる、ということは
「 それは自分を客観的にみていくことですか 」

たしかに「 客観的にみてゆく 」という云い方でも
同じような意味になるかもしれません。

でも、わたしの感覚では、
なにか少し違う感じがするのです。

それは、もしかすると「 愛 」のあるなし、
なのかもしれません。

愛とは、もちろん自分自身への愛情のことです。


たとえば、こんな想像をしてみます。

ある人( 子 )を理解しようとする時に、
深い愛情のもとに見てゆくときと、
モノとして「 客観的 」に見ていくとでは、
そこから得られるものは、
ずいぶんと違うものになるでしょう。

どちらが、豊かで価値あるものを得られるかは、
あえて申し上げる必要は、ないかもしれません。

それは、自分自身に対しても、同じかもしれません。


自分自身をよりよく理解してあげる、
というコトバを、こんなふうに感じていただけると、
カウンセリングの意味が
とても深まってゆくに違いありません。


 

 

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2012.4-26

     

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