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神経症とカウンセリング
神経症というコトバは、残念なことに「 公式 」には 使われなくなっています。
しかし実際には、治療・臨床現場では これまで通り用いられ、使われいている疾患概念です。
それは「 臨床家にとって、神経症という概念は、 有用性の点で完成度の高いものである 」からです。 ( 神田橋條治 )
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ■ かたちを換えてあらわれ出てくるもの
それが「 神経症 」であるとすると ・ ・ ・
なんらかの精神的な葛藤だとかストレス、 あるいは、自分自身で認められずにいるような 欲求や感情などを、 自身の中で処理しようとしながらも、 処理し切れなくなって、 形を換えて現われ出てくる症状や行動だったり、 なにかの考えや想念があり、 ( ただあるだけでなく ) そうしたものが、生活や仕事、学業や人間関係などに、 支障や妨げを生むようになっているものを、 要するに、神経症と呼んでいます。
また、神経症とは上のようなものを指すために、 神経症の症状や状態は それこそ「 人の数だけある 」とも云われています。
「 知らない間に犬の糞を踏んでしまうのではないか 」 という不安な想念が頭から離れなくなって、 外出できなくなるようなケースもあります ( 強迫神経症 )。
神経症が、身体の機能障害として 現れる場合もあります。
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「 神経症 」と聞くと、多くの人はたとえば
強迫神経症ですとか、チック。 離人症だとか、不安神経症、社会不安障害。 神経症性うつ( 抑うつ神経症 )。
不登校、引きこもり、リストカット行為。 そして、過食嘔吐などの食行動に関するものなどが すぐに浮かんでくるかもしれません。
また、パニック症状、過敏性腸症候群、その他 いわゆる「 心身症 」とされる患者さんの中にも、 むしろ「 神経症 」として カウンセリング等の 心理的なケアや心理的治療が大切になるケースも かなり存在するものです。
・ ・ ・ 神経症性障害については、薬物は特に補助的な位置に立つ。それは、葛藤を未解決のままに遷延(せんえん/ 慢性化)させる。しかし、それは必ずしも悪いとばかりは云えず、場合によっては、そうしているうちに周囲の状況が変わり、問題が自然解消するかもしれない。 しかし、あくまでもそういうものであって、ただ漫然とした薬物投与、特にいわゆる無診投与、あるいはそれに近い状態は、薬物への精神的依存の生涯に陥らせかねない ・ ・ ・ 中井久夫
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ■ 神経症は特別なものではない
たとえば、鍵や水栓などを 締めわすれているんじゃないかと気になって、 何度も何度も繰り返し確認してしまう。
このような軽い確認強迫などは、 誰もが、人生の中で幾度も経験することだと思います。
これなども軽い神経症行動のひとつです。 ストレス症状のひとつ、とも云えるでしょう。
その他には、たとえば 電車の吊り革や手すりを素手で触れない。 トイレの扉の取手を素手で触れない。 このような人たちも、身近にいらしたりします。
こうしたものも 軽度な神経症と云えるかもしれません。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 症状を大切にしてゆく
カウンセリングでは、「 症状 」をなくすことを 直接の目的 ・ 目標にしてしまうと、 かえって深い迷路の森の中に 道を踏み迷うことに、なりかねません。
「 症状 」とは、あくまで症状です。 まるで鬼ごっこのように 追いかければ追いかけるほど、逃げていくものです。
なぜなら症状とは、その人にとって かならず何かの必要があって、あらわれ出ているからです。
・ ・ ・ 神経症のパターンはすべて好ましからざるものであり、誤った学習の結果であると見なされがちである。この見方は治療に役立たない。(中略) そうしたものを好ましくないと前提して出発する治療が、どのような経過をたどるかは、すでに日常目にするとおりである ・ ・ ・ 神田橋條治
症状のすべてを取り去らなくてはならない、などと 「 0 か100 か 」「 白か黒か 」的発想は それ自体が強迫的( 神経症的 )な発想かもしれません。
・ ・ ・ 症状が良くなってくると、だんだん患者さんはそれをためらうようになります。なかなか症状を手放したがらない。フロイトはそれでいいんだと言いました。あんまり症状を治さなくていいよ、症状を温存しながらその心の中のありようを消化していくことが大事だよと ・ ・ ・ 下坂幸三 2003年
カウンセリングは、誤解をされることがあるのですが、 「 その人( 自分 )を変える」 ということではなく、 少しずつ「 楽になってゆく生き方 」を ご一緒に探してゆくためのものです。
そして、症状がなくても 大丈夫でいられるご自分自身を育ててあげること。
そんなイメージを共有していけることが、 とても大切なような気がします。
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ある強い神経症症状 ( 一種の強迫観念 )を訴えていらしていた方が、 お会いするよになって一年以上たった頃に、 面談のなかで こんなふうに語ってくださった時期があります。
「 落着いてきて、気にならなくなってきたら、 自分の中がカラッポになってしまったような、 ひとりぼっちで暗闇に落ち込んでしまったような、 そんな気持ちになってしまいました 」
「 これから私はどうしていけばいんだろうって、 ほんとうに、そんな気持ちになってしまったんです 」
そう語ってくださった時がありました。
もちろん、この方は節目節目を通過しながら 回復していかれました。
>>> 風邪とカウンセリング / 身体症状の意味
それほどひどく頑固な症状や状態でなくとも、 カウンセリングでお話を続けてゆくなかで 「 ●●●がなくなってしまったら なんだか自分らしくなくなる気がする 」と 打ち明けてくださる方は、少なくありません。
( ある意味で大切 な)症状とお別れすることは、 それだけとても大変なことです。
ただし一方で、神経症の症状は、 カウンセリングなどをしていると、 「 抜ける 」という云い方がされるように、 ある時、いつの間にか、不意に 消えていく、軽くなっていく、ということが 起きてくるものです。
ですので、焦らず、根気よく 取り組んでゆくことが、なにより大切です。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ■ 症状をいらなくなる自分育て
安永 浩氏(精神科医)は、こんなケースを記しています。 ・ ・ ・ 長年の神経症症状が見事にとれて、医師・本人ともども喜び合ったのに、突然自殺を遂行する、といったショッキングな例も、実際に存在する ・ ・ ・「神経症」1970年。
もちろん、上のようなケースは稀なことでしょう。
しかし、たとえどのような人やケースであっても、 症状とは、ご本人にとって 必ず深いわけや必要があってのものですし、 そこには、なにか大切なものが含まれている ・ ・ ・ ということを、忘れないでいたいのです。
そうした意味でも、カウンセリングでは 「 原因 」を探し出す見つける、というより以上に、 むしろ、安心して症状が薄らいでゆけるような、 安心して症状とお別れできるような、 そんなご自分自身を一緒に育ててゆくこと ・ ・ ・ 。
そうしたことが、良き回復を考えるときには とても大切になるような気がしています。
回復にも、良い回復の仕方と そうでない回復の姿というものが、あるからです。
そうした中で、少しずつ、本来のご自分らしさを 取り戻していけるのかもしれません。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ■ 身体の機能性障害と神経症
神経症性障害が、 身体の機能障害としてあらわれるケースもあります。
機能性障害というのは、 身体には具体的な異常や病変は見当たらず、 その働きに、不具合が生じているものを指します。
心的な要因によって、たとえば 脚や膝が動かせず歩けなくなってしまったり、 身体のある部分が麻痺(マヒ)したようになったり、 思うように動かせなくなったり等々のケースがみられます。
スポーツ選手のイップスも、これに含まれるでしょう。
たとえば、歌手の田辺靖男さんのケースも、もしかすると、こうした病態だった可能性があるかもしれません。
ある朝、仕事に行くために、玄関を出て歩こうとしたとき、両足の付け根(鼠蹊部)に激しい痛みが走って、そのまま一歩も歩けなくなってしまった。足を踏み出そうとすると激しい痛みが襲ってくる。 すぐに病院へ連れていってもらい、その日から車イス生活。通院しながら、病院でありとあらゆる検査をしたけれど、どこにも異常が見当たらない、原因不明と告げられた。そこで、すぐに入院するように云われた時、奥さんで歌手の九重佑三子さんは、原因が分からず治療法もないというなら入院させる意味がありません、と云って自宅に連れて帰ってきたといいます。
その日から、自宅で夫婦二人三脚でリハビリと養生をしていく中で、また元気に歩けるようになって1年後に仕事に復帰したということです。 奥さんの九重佑三子さんは、絶対に治る、良くなると信じていた、と語ります。もしかすると、ご主人を見ていて、なにかを感じていたのかもしれません。 いまもテレビでオールディーズを歌う姿を見ることが出来ます。
玄関から出ようとして歩けなくなる暫く前から、体調の変調があったといいます。 たとえば、あくびが出て仕方がない。とにかくあくびが出る。それから歌詞が覚えられなくなっていた。ぜんぜん歌詞が頭に入ってこなくて、ステージに出てもうまく歌えなくなっていたけど、忙しかったので、とにかく仕事をこなし続けていた、と云います。 もしかすると、心身の疲労からなのか、少し抑うつ的な状態になっていた、のかも知れません。
ただし、一見神経症と見まかうような身体症状が 中枢神経的な疾患によって見られることも多いため、 まず検査が必要です。
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